心と頭を使うなら?どちらがお得?

こんにちわ。

星の数ほど~(旧宇宙と自然界☆)の管理人グリ―ンリーです。

まだまだ寒さが染みる毎日ですが、春はまだ遠そう

ですね。ですが、庭を見たら春の兆しを早々と

見つけました。紫のお花が咲いておりました。^^

本日は15日、昔はこの日が成人の日でしたよね。

今年は11日にすでに終わってしまいましたが、

まだまだ成長途中、人生の勉強中と思ってます。

さて、今日のメッセージですが最近よく言葉に

出てこられている高次からのメッセージです。

『心を遣う気遣いは、頭で計算する損得よりも

よっぽど貴重。下手な計算をする必要がない。

なぜなら心は気遣いをするだけで何の計算がいらず

に人々に恵をもたらす=いいカルマが出来上がる。

頭を使って損得の計算をしても、人々に残るものは

欲や嫉妬、しがらみなどが残るだけ=よくないカルマが

出来上がる。かも?

同じく使うのなら気遣いのほうが心にも記憶にも残る。

確かにそうなんですよね、と感心してました。

これも実体験から家族と話していたことで出てきた

言葉だったのですが、確かに頭を使った方が物事

はうまくいくときもあります。が。

自分の人生に頭を使うのは必要だとは思います。

時には自分を守れますし、気遣いもある意味頭を使う

という見方もあります。

問題は他の人に対して自分の頭を使う、気遣いをする

ということです。

「これをしたら○○をくれるかな、とか

○○をしておかないと、損しちゃうわよね。とか

○○って言ったら、やめるかもね」などというのは

ちょっとした損得が発生している、と少し期待を相手

にしすぎての考え方ですね。

それに対して気遣いは自分の損得はあまり考えません。

「相手がよくなればいいな。相手が喜んでくれるかな、

これをしたら○○さんは楽になるだろうな」などは

ちょっとした気遣いで相手が助かる、楽しくなる、

相手を思っての気遣いなので期待をしなくても自然と

エネルギー交換ができることになります。

私事ですが、あまり管理人は損得を考えて相手に

○○してくださいね!と働きかけるのは好きでは

ありません。逆に言うと、相手は損得を考えて、時には

○○しちゃうわよ!という気持ちが見えていても

そういわれてしまいやすい状況はよく見えたりも

します。

でもですね。計算だけで動いても、心で動かないと

失敗することが多いような気がするのですね。

周りの方々を見てみると、皆様の周りでもそうだなと

思いませんか?。。。よく言われる因果応報ってあるな

って感じる管理人です。

以前にもこのブログで描いていましたが、

因果は人間が作り、

応報は宇宙が創ると。

よくも悪くも原因があるから結果があるのだということ。

よく周りでも起こっていませんか?

宇宙に送れば、宇宙から返ってくる、すなわちカルマは

良くも悪くも返ってくるものと思うのです。

他の方々もおっしゃっているでしょうか。

ちなみに管理人はいつからか、本を見なくなりました。

TVもあまり旅番組以外は見ないです。

なのでどこぞの著名人の方々がおっしゃっているかも

しれませんし、似たような表現があるかもしれません。

ですが、宇宙と自然界☆の管理人は上からの情報、

宇宙からのメッセージをもとに作成しているので、まったく

そのあたりは分からないです。ここに書くのみなのです。

ですが人間関係では毎日が人生の宝が眠っていますし、

教科書のように人生ドラマを見せてくれます。勉強です。

「何であの時、あの女性があんなこと言ったんだろ」

「普通のお顔でも、悪口を言ったらエネルギーが自分の

お顔を不細工にしてしまうのに」

「馬鹿にしていたあの男性、結局辞めちゃったけど

何に勝ったつもりだったのかな。負けたのは自分の劣等感

であって、相手に勝ったわけではなかったのに」

そういった言葉がリフレインしていたりもします。

人を馬鹿にしても自分が馬鹿にされる結果になるだけ

な気がします。人間ではないような、とんでもないわるい

お言葉が、顔も心も悪くなる人間を作っていく気がします。

ですが人は間違いを冒すときもありますし、

間違い勘違いでついやってしまうこともあります。

いってしまう時もあります。行ってしまう時もあります。

自分はいいけど、相手はだめ?

自分は許せるけど相手は許せない?

よく言われる言葉ですが、やっぱり自分も相手もいいと

思わないと。許すのは自分も相手も許せるようになって

行くのが一番楽になれる方法なのではないかな?と

日々思えるようになりました。

頭を使ってつい、嫌味を言う方もいるでしょう。

言葉を上手に、計算も上手な方はつい先回りをして、

されることも多いかもしれません。ですが言葉が上手では

ない方や計算があまりできない、頭をあまり使わずに

人間関係を築くのは、何もダメ子ちゃんでもダメ男くんでも

ないと思うのですね。

以前の管理人は言葉がスラスラ出てこないでじっと

人のいうことを聞いていることも多かったですし、計算が

できずにいつもとばっちりを受けていたり、要領の悪い、

頭の温かい子(←嫌味の言葉、悪い意味です)と言われた

ことがありました。もちろん言い返すこともできなかった、

経験があります。嫌なものですよね、こういう時。

でもね、今の管理人はこう思うようにしています。

何故あの時言い返せなかったのだろう?ではなくて、

「あのときは言わなくて正解だった、上から止められた

のかもしれない」と。

だって言い返したり憎んだり、嫌味を言いかえしていたら、

カルマはやはり自分にも返っていたはずだと思うのです。

言い返しても、言っていなかったとしても相手のぺース

にはまっていただけですね。

今、すくすくと成長して思う管理人はこう思います。

頭を使わなかったとしても、心を遣えることが理想。

怒る必要もなくなった、勝ち負けにこだわらずにいられる、

それは相手のネガテイブに振り回されなくなったから。

自分の心に重心を置くと、正直少し幼稚な周りの人たちも

気にならなくなってくるようです。目の前に来て嫌なこと

してたとしても、ほっておけばその本人に帰るそうです。

おかげであまりネガな人に会わなくなってきた。

レベルが変わったのか、意識がかわれたのか。

嫌なことをしようとする人は、その人本人の問題を

かかえているから、誰かにすることで自分の憂さを

何とか解消したいだけ。でもそれは私の憂さではない

ので、その本人に憂さは返るだけなのだと。

嫌味な人に反発するからいけなかったのですね。

逆に活用をすることを覚えました。

「なんだよあんたなんて頭あったかいくせに。」

に対しては

「ふう~ん、私って頭あったかいんだ。心もいっぱい

暖かくいたいから、一挙両得だよね。よかった!」

と喜んでみたり。何も言わないことは結構いろいろ

見えますものね。

「信じられない!あれ、みてよ。」

という人の声には(たとえば偏見が明らかにある場合)

「○○ができることの幸せ♪○○さんには味わえない

んだろうなあ。かわいそう、あんな風にしか言えないんだ。

知らないって損だよね。言わなくて正解かもね」

という風に自然と考えられるようにもなった気がします。

それにさらりとかわせる術も覚えた気がします。^^

人をやり込めた(気がする)だけなら、自分が損しますもの。

なら教えて差し上げないと。楽しみを味あわないと。

いい方法で。

ま、そもそも管理人自身がそのような状況からはおさらば

したので、あまりよろしくない方とは一緒にいないところに

います。快適な、波長の合う方々ばかりがやってきている。

意識の高い、気持ちのいい考え方をされる方の中にいる

ような気がします。^^

人も状況も自分で選んでいいのですものね。

もちろん管理人は、頭を使うのよりも心を遣うほうが好き。

人が喜ぶことを一緒に喜べる自分が好きですし、楽しさ

を知ってます。波長は波長を呼ぶのですよね。実感します。

気を遣いすぎて擦り切れてしまうほど使いなさいとは

申しません。まったく頭を使わないで不利になってしまう、

人の分までカルマを受け持って苦しい状況でも大丈夫!

等とは申します。自分を守るための気を遣うことも、頭を使う

ことも時には必要です。

ですが損得勘定だけで動かないことということです。

人には心あっての人生ですし、頭があっての人生では

あります。カルマを曲げてまで一本気で!とは申しません。

ですが、ほどほどが一番なのですね。

だって自分の人生ですので。自分づくりはそこからです。

ちなみに現在の管理人は、いろいろな封印が解けました。

もちろんおしゃべりの封印も解けましたよ。かなり饒舌。

でも、これは言ってはいけないでしょ?のライン、

最低限のエチケットは守ります。だって悪い言葉は誰が

聞いても気分はよくないでしょ?ちょっとした気遣いは

忘れないようにしたいなと日々思ってます。

では。管理人でした。

エネルギーに感謝です。^^